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東京から原村に移住

 
経営していた工場を閉じて、仕事ばかりだった暮らしから原村に移住し、第二の人生を送るためこれまで思い描いていた家を建てました
 
 
 東京で建築関係の金物の工場を経営しておりました。
妻は元々は、飯田の奥にある浪合村の出身ですが、兄が身障者でしたので、ボランティアの方と原村に来ることがあり、それで気に入ってこちらに住もうかと考えました。
工場をやっていたときは、毎日夜中の二時過ぎになったり、正月以外は休みもとれないような状態でした。そこでボチボチ仕事ももういいだろうと考えて会社をたたんで移住することに決めました。
家ができる前は豊平に一年借家住まいをしながらこちらの生活に慣れるようにしました。
二月初めに原村に来たときは、寒いし食事もどこですればよいかという事はありましたが、兄などは道に迷っても「楽しいね」と言っていました。不安ということはありませんでした。
 
 基本的なプランは私が考えて知人の設計士にお願いし、工事は三社ほど候補としましたが、玉川で開かれていた宮沢工務店さんの住宅見学会に行きそれで決めました。設計士さんの対応や、そして何より宮沢会長の職人気質なところが気に入って、宮沢さんしかないと決めました。私も職人ですが同じ臭いがしてとても好感が持てました。
家は木の家プラス土壁が良いのでないかと考えていて、宮沢さんの設計士さんはいつもニコニコしながら対応してくれました。予算に合わないこともあるだろうなと思いつつ、最後には「宮沢さんにやってもらいたいんだから」と言って随分無理も言いました。大工さんの腕も立つし、また現場の監督さんには寒冷地の暮らしや家のアドバイスを沢山してもらいました。

 何もかも百%自分の好きなようになってもいけないです。やっぱり、その道の専門家の意見を聞くことは大切です。
こちらに移住して周りの方にとても恵まれました。とくに農家の方は素晴らしい人ばかりだと感じています。また陶器や絵画など新しく始めて今楽しく暮らしています。
東京の家から持ち込まれた趣のあるタンス
重厚な音を響かせてくれるスピーカー
移住して始めた陶器の作品
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